初めまして、漫画を読むことをこよなく愛す凡Pと申します。
  10/29、約2年もの休載を経てついにあの遅効性SFことワールドトリガーが連載を再開しました。このブログでは連載再開をというこの機会にワールドトリガーを各キャラの名場面ごとに振り返っていきたいと思います。第一回で取り上げるキャラはC級の白い悪魔こと空閑遊真です。

  と、いきなり本題に入る前に軽くワールドトリガーの魅力について語らせてください。ワールドトリガーには四人の主人公が存在(作者曰く一話の見開きの四人)するのですが、基本的に物語は主人公のうちの二人、空閑遊真と三雲修を軸に展開していきます。この色んな意味で正反対の二人の関係性が非常に面白いんです。第1巻を読んだ時点での二人の印象は超強い異世界人が日本で常識はずれなことをするけど、それを常識人の雑魚メガネが日本のルール教えていくという感じなんです。しかし、実際は郷に入れば郷に従う常識的な異世界人と自分の都合のためなら手段を選ばない図太い日本人のお話なんですよね。巻を追うごとに変化していく二人の関係性、設定の練られた世界観で繰り広げられる戦いに目が離せなくなっていきます。修についても色々語りたいのですが今回はユーマの記事ですのでこのくらいにしておきます。

 ここまで長い前置きを書いてしまいましたが、本題に入りましょう。

1.「勝ち目が薄いからって…逃げるわけにはいかない。」
勝ち目が薄いからって…
(9巻より引用)
 これは大規模侵攻時にて、ヴィザ翁に対してユーマの言ったセリフです。しかし実はこれは修が1巻にて発したセリフと同じなのです。なぜユーマは修のセリフをここで使ったのか、その理由を私なりの考察を交えて解説していきたいと思います。
 幼少期から父ユーゴとともに近界の国々とその戦火の中を渡り歩いてきたユーマはわずか六歳のころから約6年間に渡ってユーゴに鍛えあげられてきました。その6年間の日々の中で、ユーゴはユーマを単純に鍛え上げるだけでなく様々な教えを説いてきました。おそらく一番有名なのは「三つの教え」(①自分の身は自分で守れ②正解は一つじゃない③親の言うことが正しいと思うな)というもので、3巻にて千佳との会話で述べられていました。ユーマが父と過ごせたのはわずか12年間ですが、父の死後も父の教えは大切にユーマの胸に刻まれており、今のユーマの合理的思考は父の教えの影響によるものと思われます。大規模侵攻時、アフトクラトルとの対決において作中でも屈指の最強候補(作者公認)キャラであるヴィザ翁と対峙し、窮地に追い込まれた時もユーマの脳裏によぎるのは父ユーゴの教えでした。「自分よりも強い相手と戦うときは勝とうとしちゃだめだ」己の力量よりも強い相手と対峙したとき、引いて守り時間を稼ぐ。格下が格上を足止めできる時点で十分な戦果であり、その分仲間が楽になる。それがこの教えの意味でした。さらに、ユーゴは言葉をこう続けています。「戦場で己の力を見誤ると死ぬぞ」。ユーマは11歳の時父とともに近界の戦争に参加していました。半人前ながら傭兵としてそこそこの活躍を見せていたユーマは父の命令(今回の戦闘には参加するなというもの)を破り、出陣そしてその中で敵に致命傷を負わされます。そこへ現れたユーゴは自身の命をすべて注ぎ黒トリガーを生み出しユーマを延命させました。つまりユーマは己の力量を見誤り、致命傷を負いつまりは己の力を見誤り、結果的に父が亡くなる原因を作ってしまったのです。

「悪いな親父、あの時は違うんだ。」

ユーマのセリフのあの時とはこの出来事のことを指しています。

 では、ユーマはユーマの言う「あの時」と何によって何が変わったのでしょうか。父の死後、己一人で3年間生き抜いてきたことで実力・戦術ともにが向上したからでしょうか?単純にヴィザ翁と自分の力量の差を見誤っているわけではないからでしょうか?
 私はどちらも違うと思います。なぜならユーマを変えたのは修だと思っているからです。この答えのヒントはユーマがずっと抱いてきた疑問にあります。父の死後、ユーマはずっと父ユーゴが自分を助けて死んだときに笑ってた理由がわからなかったのです。ユーマはユーゴの命令を無視して自身が致命傷を負い死にかけた時、自分が死ぬのは己の過失であり代わりに父が死ぬ必要はなかったと思っていました。ユーマはなぜ父は自分を助けたのか、なぜそのときに笑っていたのかずっとそれを聞いてみたかったのです。もしかすると、叶わぬことですが、ユーマは黒トリガーから父を蘇らせて最後にその答えを聞くつもりだったのかもしれません。そんな中でユーマは玄界へと赴き、三雲修と出会うこととなります。幼いころから戦場に身を投じる環境で合理的な思考が身に沁みついたユーマにとって他人を助ける面倒見の鬼である修の行動は理解しがたいものでした。しかし、自分が損してでも他人の世話をやく修に自分の命を賭して自分を助けた父との面影を見るのです。そして、ユーマは父にたいしてずっと抱いてきた疑問を修に問いかけるのです。

「なんで死にかけてでも人助けるんだ?」
 これに対して修はこう答えます。

「自分が【そうするべき】と思ったことから一度でも逃げたら、きっと本当に戦わなきゃいけない時にも逃げるようになる。自分がそういった人間だと知っているんだ」

 恐らく、修が人を助ける理由はユーゴが笑いかけた理由とは遠くかけ離れたものでしょう。しかし、ユーマは修と出会い、修と過ごし、修と交わした言葉の中で少しずつ父が自分を犠牲にし、笑いかけた理由を、人を助ける理由を見つけていったのではないでしょうか。あの時と違い、修が死ぬかもしれないということ知ったユーマは修つまりは他人をを助けるために戦うのです。それがわかる理由としては「勝ち目が薄いからって…逃げるわけにはいかない」というセリフは1巻にて修が死ぬかもしれないとわかったうえで、救助に向かうときに放ったセリフだからです。ユーマは修のように自分を犠牲にしてでも修を助けると決意をしました、だからこそこのセリフを言ったのです。激アツ過ぎますよね。週間連載で読んでいた時、あまりの感動に鳥肌が立ちっぱなしでした。ヴィザ翁編は9巻に収録されていますので、みなさんぜひ読んでみてください(^ω^)

本当はもう一場面も解説を入れる予定だったのですが、少し長くなりすぎたので次回に回します。

ではノシ